京都市が4月から配布を始めた「事前指示書」が問題になっているようですね。この事前指示書、簡単に言うと、延命希望の有無の用紙を京都市が作成し、市役所などで配布。希望者が記入できる用紙のようです。京都新聞のホームページにも記事があります。この用紙を、行政主導で配布したということに対して、弱者切り捨てとか、延命治療をしている人への差別などという批判的意見も出ているそう。

私は、近畿在住ではないので、このニュースを知ったのは6月に入ってから。テレビの報道で知りました。なるほど、こういう批判が寄せられるから、この問題は日本では本当にタブーな話題。ちっとも前に進めない話題なんだなあ。とあらためて思いました。そんな中、京都市の取り組みは、一歩前進、前向きな取り組みとして、批判ではなくむしろ評価されてもいいのでは。と私は思うのですが。医療関係者でもなく、専門知識を持たない一般市民としての個人の考えですが。

「延命」に関する問題。非常に難しいのだろうと思います。西洋に比べても日本は特に死に対してのタブーが強いように思いますし。けれど、高齢化が進み、高度医療が可能になった現在、いい加減、目を背けてはいけない問題ではないかな。と思うのです。

人間らしく生きる権利の一方が、できうる限り長生きすることなのであれば、人間としての尊厳を最期まで保ちたいというのもまた権利なのではないかと思います。ここで、批判となるのが「じゃあ、胃ろうとかチューブとかでつながれている人は、人間らしくない。無駄に生きてるというのか!」というところかと思うのですが、そうではないと思うのです。

これが難しいところで、個人の価値観、年齢や置かれた状況などの違いによって、決まった答えなんてないのでしょうし、いろんな回答があってしかるべきであり、それが尊重される社会。自分と違う意見の人も認められ、理解できる社会こそが差別なき自由な状態だといえるのでしょう。その意味で、京都市の取り組みは、内容にまだ未熟な点があるのかもしれませんし、もっと言えば、受け止める私たちの意識にも未熟な点があろうかとは思いますが、取り組みながら成熟させていかなければいけない問題ではないかと思うのです。

誰にも必ず訪れる「死」であるからこそ、「延命すべき」「延命しないべき」という極論ではなく、「必ず迎える死までの生き方」という視点で多くの人が考え、議論を成熟させていく問題かと思うのです。その意味において、京都市はたくさんの批判も受けているようですが、ここはぜひ頑張っていただき、京都から日本をひっぱっていただきたいです。

※これは、あくまで私個人の考えです。いろいろなお考え、御批判等もあろうかと思いますが、一個人の意見としてこんな人もいるのね。とお読みいただけましたら幸いです。

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