持たない暮らし

ミニマムに憧れていたけれど、目指す方向性が変わってきました

2,3年前に断捨離して、かなり持ち物を減らしました。特に、洋服類は、結構少なくしたつもり・・・。したがって、自分の持っている洋服は管理できるようになりましたし、購入の際、お手入れはどうだろう。とか、今持っているあれを処分してお迎えしよう。とか、以前の私だったら考えなかったことにも考慮して購入できるようになっていたんです。

しかし・・・。この頃その徹底した約束事が雑になって破られてきている。「わあ、かわいい。安いから買ってしまおう。」と購入してしまったり、もっといけないのは、新しいパジャマを購入して、古いパジャマを一つ処分するつもりが、まだ着られるしとっておこう。と本来入れ替えるべきはずのものが、そのまま増えていってる・・・。

これじゃ、物の多かった断捨離以前の生活に逆戻りしてしまいそうで、ちょっと危機感を感じています。でも、なんでこのごろ物を増やしてしまっているのか。考えると思い当たることが・・・。

①引っ越しが多い我が家。現在の住まいに引っ越してきたのは昨年9月ですが、今までの住居の中では比較的広い。よって、収納場所に困らず、ついつい気が緩む。

②このところ、自分の中で、極端なミニマム化に対する疑問を持ち始めているんです。以前、ミニマリストに憧れた時期があるのですが、自分には無理だから、ミニマムとまではいかなくとも、シンプルで心地よい生活を目指そう。と思っていました。ところが、ミニマムを目指す過程のなかにシンプルを存在させるんじゃなくて、数ある選択肢の一つとしてシンプルを選ぶという考え方に変わってきました。物は厳選する。されど、数や量にとらわれすぎない。お気に入りがたくさんならば、ある程度は許容する。という気持ちに。

①はともかく、②がね。結構厄介で、自分としての落としどころ、見極めどころがまだ見つかっていなくて迷走してる気がします。断捨離したことによって、確かにすごくすっきりしたし、引っ越しも楽になりました。おまけに物の管理が格段にやりやすくなりました。こう書くといいことづくめのようなんですが、最初はそれで満足していましたが、時間が経つにつれむなしさを感じるんですよね。味気ないというか、潤いがない生活というか・・・。

日々の生活って、キャパをオーバーすると立ちいかないけれど、かといって遊びがない、ゆとりがないとそれもまた淋しい。それが物にも影響するように思うんです。例えば、洋服ならば季節に合わせて最小限着られれば。と減らしすぎると、私の場合、これだと大好きだった洋服を見たり買ったりする楽しみがなくなってしまうし、おしゃれの楽しみや張り合いもなくなってしまう。

食器もかなり減らして、引っ越しは本当に楽になったけど、やっぱり味気ない。例えば、ごくたまに食器を選ぼうとするときも、できるだけ数を厳選するべくとにかく用途の広い物。とかっていう選び方になっている・・・。もちろん、家の収納やら、予算にも限りがあるのだからある程度そういう考え方も必要なんだけど、遊びとか、ゆとりの部分。やっぱり生活には必要なんだなあ。と感じているところです。

そうかといって、物に囲まれた生活、それはそれで大変だったので、あれもゆとりある、潤いある生活ともいえないんですよね。「好きなものを厳選した自制の利いた遊びのある生活」っていうのが、いま目指したいところなんですけど、本当に難しい!!

断捨離するより、難易度がぐっと上がる気がしています。40代、物に囲まれ物に支配される生活も嫌だし、かといって、必要最小限すぎる味気ない生活もやっぱりさびしい。ものすごく難しいけれど、大人の知恵の行き届いた暮らしを目指して、意識改革していきたいです。あ、でも、まずは古いパジャマを入れ替えるか残すか早急に決めなきゃなあ・・・。
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取扱説明書、ミニマム化しすぎで後悔する

以前、ミニマムとかお片付け関係の本を読んだ際、「なるほど、取扱説明書もいちいち取っておく必要はないのね~。」とばんばん捨てた時期がありました。すっきりしたし、物も減って良かった。と思っていたのですが、ここへきてたびたび不便だなあ。と感じる機会があり、今後は考えを改めようと思っているところです。

確か本の中では、「取扱説明書はとてもかさばるしほとんど見ることもない。捨ててOK。」とかって書かれていたような・・・。実際、多くの家電製品は、ネットでも取扱説明書がダウンロードできたりしますし、品番が分かればどうしてもの時は、ネットから検索したり、電話で聞いたりすることができるので必要ないかな。と思って、私もかなり思い切って断捨離したんです。

ところが、いざ、家電製品が謎の点滅をしただとか、久しぶりに(ずぼらぶりがわかりますね~)製氷機のお掃除をしようとか、洗濯機のお掃除モードはどうするんだっけ。などという時、いちいち面倒くさいです。アナログ人間の私は、ネットで取説を探すのも一苦労だし、紙ベースの取説さえあればちょこっと確認すれば済む話なのに~。と思うことが。家電製品が好きな方には、その程度の操作は取説見なくてもできるでしょ。って感じなんでしょうが、私は毎日使っている家電でも、いつもと違う操作をするときは訳が分からない。やっぱり取説が必要なんですよねえ。

結構かさばるし、定期的に見直さないと家電は壊れたのに取説だけあったり、いったいこれはなにの説明書なの?みたいなことにもなりかねない書類ではありますが、やっぱり取説はとっておこう。と思うのでした。

ちなみに、我が家、引っ越しが多いのですが、公共料金の引き落としに関しても、引っ越して1年くらい経ってから問い合わせが来たこともあり、この手の検針票なんかもすぐ捨てたくなるのですが、やっぱり2年分くらいはとっておくほうがいいのかな?ただ、そうすると書類は増えますよね~。さすがに2年分は書類が増えすぎるから、半年分くらいでいいのかなと思ったり。こちらに関してはまだ試行錯誤中です。
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卒業アルバム、結婚式のアルバムについて考える

ミニマムな暮らし、断捨離ブームの中、時々話題になる卒業アルバムや結婚式のアルバム、さらには写真類の行く末問題。ミニマムな暮らしへの憧れはあるもののミニマリストではない私の場合、収納十分、引っ越しの少ない暮らしであれば、今しばらくは保留のテーマだったと思います。40代ではありますし、さすがに終活には早いだろうと。処分や整理が大変な物であろうことは想像に難くないですしね。

引っ越しが多い生活で、一度も出番のないまま次の引っ越し先に毎回荷造りされる荷物を目の当たりすると、さすがに私でもこれって必要なのかな。と考えさせられます。けれど、写真やアルバムは処分するものという意識がなく、見ることは皆無ですが引っ越しの時だけ箱に出し入れする際見かけるものになっていました。ところが、終活とかミニマムな暮らしとか、断捨離ブームとかで、聖域かと思っていた写真、アルバムの類が処分対象にもなりうると知ったここ数年。私も、こんまりさん流に則ってお片付けをした際、写真もかなり(自分としては)減らしました。

しかし、結構な金額だった気がする結婚式のアルバム。そして夫の卒業アルバムは手付かずでした。それが、今回の引っ越しで、夫が「もう卒業アルバムはいらないかな。」の一言で、夫の中学校の卒業アルバムを処分いたしました。何しろ昔のアルバム。思いっきり住所、氏名、電話番号が載っています。以前シュレッダーを処分してしまったため、全部小さく手でちぎりましたが、紙が固くて大変でした。私の卒業アルバムはおそらくすべて実家に置きっぱなしなので、いままで考えたことがありませんでした。夫は、手元になぜか中、高のみあったので、今回夫ももういいかな。と思い立ったようです。処分を任された私は、さすがに中高とも処分するのは。と迷いがでまして、夫の卒業アルバム、中学校は処分したものの高校はまだ残してあります。

そんななか、先日の大学時代の恩師の退職パーティーでのこと。友人Aが、「私、大学の卒業アルバムなんて買ってないよ。あれこそ必要ないでしょ。」と驚愕発言。卒業アルバムを買わないという選択肢があったことすら知らなかった。友人Bと、「Aちゃん、大学時代すごくとんがってたけど、そこまですごいとは知らなかったよね~。」と話しました。友人Aちゃん、とっても合理主義で聡明な女性。当時はただとんがってると思ってたけど、賢い彼女、卒業アルバムの処分に悩むようなこんな日が来ることを見越していたのかもなあ。と思いました。確かにおっしゃる通り、小中高以上に大学の卒アルっていらないかもしれませんね。なぜなら、違う学部なんて知ってる人ほとんどいませんし。(そもそも、大規模な大学では卒業アルバム自体がないのかな?私は女子大で一応クラスも存在したので大学ながら卒業アルバムがありました。)

こんなこともあり、実家にある卒業アルバム、いずれは処分しなきゃなあ。なんて気持ちが少し出てきました。そして、現在手元にある結婚式のアルバム。卒業アルバム以上にかさ高なのです。子供がいない私たち夫婦。思い出は心の中でもいいのかな。なんて少し思い始めています。愛犬の写真は何度も見るのでまだとっておきたいですが、自分たちの写真はみることもない・・・。

さすがにまだ完全処分へは踏み切れないので、アルバムの写真をパソコンに取り込むとかできたらいいのかな。今の気持ちは「完全処分にはまだ踏み切れない。けれど、もう大きなアルバムはいらない。」こんな感じです。この手のもの、思い入れ度合いは普通の持ち物以上に個人差があるものなので、正解はないと思いますが、私の場合は、絶対当たり前にあると思っていたものから、処分もありうるものだと気づくことができて良かったです。

左上、婚約指輪の鑑定書?右は結婚式のアルバム、挙式したホテルで作ってくれたもの。写真では分かりづらいですが、かなり分厚くかさ高なのです。左下、結婚式親族の写真。すべて引っ越しの時のみお見かけするもの。
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収納にゆとりをもって収まる持ち物量なら誰でも片付けられるは本当でした

ミニマリストにはなれそうにない私ですが、引っ越しの多い生活なので、ミニマリストの方の片づけや持ち物には興味があります。時々、ブログも拝見していますが、そのなかで、「結局、片付けとはジグソーパズルのようにきっちりきれいに埋めるんじゃなくて、収納の中に余裕をもって収められる量の持ち物であれば、あれこれ考えることもなく簡単に収まる。」というような趣旨のことをおっしゃっていた方がいらして、私は、今回の引っ越しでそれをなんとなく実感しました。

確かに、整理整頓のお上手な方だと、いろんなアイデアや道具を使って、それはもうきれいにたくさんの物が限られたスペースに収納されていたりして驚きます。ただ、これは、私のようなずぼらな人間にはとても実践できそうにありませんでした。複雑すぎてその状態を作り上げることも困難でしょうし、何より、その後の維持管理が絶対無理。主婦力の差を感じ最初からやる気になれませんでした。

そんななか、目から鱗だったのが収納方法ではなく、収納に見合った持ち物量。という考え方。当たり前のようですが、私には全く考えもしなかったことでしたので、なるほどなあ。とやってみたい気持ちなりました。1,2年前から少しずつ物を減らしています。

今でも物が少ない。というよりは、物に囲まれていた状態から、不用品を処分したという程度ではありますが、引っ越しの際、箱詰めが楽になったとは前回の引っ越しでも感じましたが、今回は、段ボールの箱出しが格段に楽になりました。

一つには、今回の住居が比較的収納スペースに恵まれており、私の整理整頓能力でも荷物を収めることが比較的容易であったこと。もう一つは、楽観的見方かもしれませんが、荷物を減らしてきた成果が少し出てきたのかなと思いました。

引っ越しでは、段ボールの箱出しをしないと狭い我が家では全く部屋が片付かないのですが、その際、仮でも収納スペースに何となく収めてしまっています。毎回住居の間取りが違うので、最初は深く考えずどんどん収めて箱出しをとにかく終わらせます。

ダンボールからすべて出してその後、動線や使用頻度に合わせ調整するのですが、今までは、仮でも収納できず物が部屋に溢れ出していました。今回は溢れ出す荷物が以前より減ったせいで、その後の片づけがぐっと早くスムーズにできたように思います。

実際、収納スペースより、物が少なければ工夫する必要なく物は収まりますので、時間もかかりませんし、何よりその後の維持管理も圧倒的に楽なように思いました。まだまだ物に執着があり、先日も洋服購入では失敗していますので、道半ばではありますが、厳選して物を持てるようになり、引っ越しも楽に。その後の暮らしも維持管理の楽なよう、持ち物量を考えていきたいです。

それにしても、我が家、片付けはだいだい済ませたのですが、いまだにすっきりとした家ではない・・・。全部しまうのが嫌いでよく使うものは近くに置いておきたい方ではあるのですが、それにしてもなんだかなあ。やっぱりこれは、センスの問題なのでしょうかねえ。

引っ越し前、箱入れする前のダンボール。今回の引っ越しでは90箱程度使用しました。以前は100箱を越えていましたので、少しずつ荷物を減らした効果がでてきたかな?
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断捨離と思い出のはざまで悩む

引っ越しが多い生活で、物を持たない暮らし。すっきりした暮らしは合理的で憧れます。また、ぐうたら主婦の私は、物の管理がきちんとできないので、物理的にも持たない暮らしは理にかなっています。

ミニマリストにはなれそうにありませんが、物に囲まれた生活から、管理できる分量の物を持つ生活を目指しています。まだまだ道半ばではありますが・・・。

今週末の引っ越しに向け、現在絶賛片付け&荷造り中の我が家。毎度荷造りのたびに断捨離候補になるもの、決まっているんですよねえ。使用頻度は殆どないのだけれど思い出に支配されている物。気持ちだけいただき処分したものもありますが、やっぱり処分できないものも・・・。

そんなものたちの仲間に新たに加わったもの。昨年亡くなった愛犬の持ち物です。リード、首輪、洋服、ベッドなど彼の使っていたものは思い出にあふれています。亡くなった当初は、着古した洋服など処分できたのですが、ここまでそのままになっていたものは、どういうわけかかえって処分できなくなってしまいました。

年月が経ってより愛おしくなってきている感じなのです。時間の経過で、少しずつ強烈すぎる思い出がぼんやりふわっとした思い出に変わろうとするのを阻止するかのように、物への執着が現れ、自分でもこの思いに戸惑っています。今回の引っ越しでは、そんな思いが強くあるので、迷ったものはすべて引っ越し先に持っていくことにしました。

ただ、新居はペット不可でしばらくわんことの暮らしはできないので、愛犬が使っていた耳のクリーナーやブラッシングスプレーなどは処分しました。使用期限のあるものですから当たり前のことなのに、愛犬への思いが溢れ泣いてしまいました。

スプレーやクリーナーなどはどこででも手に入るものですし、消耗品なのに。こんな自分に驚いています。思い出と向き合う。なかなかやっかいです。

断捨離やミニマムな暮らし、年齢を刻むほど実行するのが難しくなってくるのかなあと感じました。もちろん、個々の性格や物に対する考え方の違いは大きいですが、年を重ねると別れに伴う思い出は当然ですがどんどん増えてきます。

楽しい思い出にまつわる物であれば、いままでありがとう。と送り出すことができても、別れに伴う思い出の品、もう手放したら本当に心の中だけになってしまう。とやっぱり執着してしまうのかな。と今回、片付けや荷造りをしながら考えてしまいました。

別れに伴う思い出が完全に消化でき、物という物体を介在しなくても向き合えるようになる時、処分することができるんでしょうね。物を手放す大変さを改めて感じた今回の荷造りです。結局、手放せず持っていくのですけれどね・・・。

本文と関係なくてすみません。休日のおやつにケーキを買いました。左奥の三角のケーキ、ロールケーキをその場でキャラメリゼしてくれたのですが、こういったもの、何年か前に都会で流行ったりしたのかな?私は初めて見ましたが、地方は何年か遅れて流行がやってくるので「ほう!」と思いながらキャラメリゼの様子、見学しました。
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更新頻度が落ちていますなか、ご訪問くださり感謝いたします。



プロフィール

tutu_urara

夫の転勤に伴い、日本各地を数年ごとに転居する40代主婦です。各地での暮らし、住まい、お料理、愛犬との思い出などゆるりと綴ります。

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